大阪地方裁判所 昭和46年(わ)729号 判決
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【説明】
本判決は、マッサージ機の製造販売事業を経営する被告人が、三年間に約三億六〇〇〇万円の所得税を免れた、として起訴された所得税法違反被告事件についての第一審判決である。この事件では、自己の開発したマッサージ機を製造して販売するという事業を個人で営んできた被告人が、業績の拡大に伴い、その販売部門を独立させるため、長男を代表とする同族会社を設立し、その一方、製造部門の所得についての確定申告や実用新案等の登録はいずれも長男の名義で行うなどして、その事業を継続してきたことから、製造部門の所得の帰属について、確定申告や各種登録名義等の形式面を重視して長男に帰属するとみるのか、事業の指揮監督、資金の管理等実態面を重視して被告人に帰属すると認定するのか、あるいは弁護人の主張するように、製造部門も長男が代表者となつている会社の業務に包含されてそこに帰属すると判断するのかという問題が生じ、裁判所は、約一〇年間にわたる慎重な審理を尽した上、右会社を設立した事情、製造部門を含めた事業全般の経営の実態、資金の管理運用の状況、取引先関係者の認識等各般にわたる事情を勘案して、製造部門の所得は被告人個人に帰属すると認定し、更に、本件の実態は、製造部門も販売部門も被告人が個人で営む一個の事業体とみるのがもつとも実態に即しているとしながら、右会社がその目的に従つた営業組織としている以上、これを法律上存在しないものとすることは相当でないとし、本件において、販売部門の所得をも被告人に帰属するという、法人格否認の法理を適用する処理が妥当でない旨示唆している。所得の帰属の問題は、直接国税ほ脱犯の事実認定上、重要にしてかつ困難な問題の一つであり、従来から公判で争われる事例も少なくなかつた。本判決は、このような所得の帰属が問題となる同種事犯の実務処理にあたつて参考になるものと思われるので紹介する。
【判旨】
(争点に対する判断)
一所得の帰属について
(一) 被告人及び弁護人は、本件マッサージ機の製造事業は被告人が個人で営むものではなく、被告人の長男藤本信一郎(以下信一郎という。)が実権を握る株式会社フジ医療器の業務の中に包含されるものであり、同会社がその法人税の逋脱をしたものであつて、被告人の本件所得税の逋脱は存在しない旨主張する。
(二) よつて検討するに、前掲証拠を総合すれば以下の事実を認めることができる。
1 被告人の経歴<省略>
2 マッサージ機製造販売の経緯
右のとおり風呂場用製品を各地の風呂屋に販売して廻る内に、昭和二九年ころから中央医療器よりマッサージ機(あんま機)を仕入れて風呂屋に販売するようになり、そのかたわらこれが今後の有望な商品であるとして被告人自身マッサージ機の製造の研究をし、昭和三三年ころ中央医療器より値段などの点で製品の販売をボイコットされるや、昭和三〇年ころから移り住んでいた大阪市阿倍野区阪南町中六丁目八番地の自宅の一階を工場としてマッサージ機の製造を開始し、その製品を旅館などに持込んで販売するようになつた。そして、被告人が五五歳時の昭和三五年ころ、当時大阪服地株式会社に住込みで勤務していた長男信一郎(当時二二歳)を呼戻して右マッサージ機の製造販売業を手伝わせるようになつたが、同人はその製造面には殆んど関与せず、マッサージ機の販路拡張のため従業員とともに全国を廻るなど主としてその販売面で被告人の事業を補佐をするのみで、被告人が従来同様右事業を経営し、実権を握つていた。その後被告人の考案工夫により右マッサージ機の製品の改良が進み、又被告人や信一郎の努力によつて業績が拡大し、昭和三八年末には同市住吉区杉本町二丁目七三番地(その後住居表示実施により同区杉本一丁目五番七号と変更)に自宅及び工場事務所を新築して同所でマッサージ機の製造販売業をするようになつた。
3 マッサージ機販売部門の法人化
ところで、被告人は昭和四〇年四月一三日、前記阪南町中六丁目八番地(その後住居表示実施により同町六丁目一一番一号に変更)を本店とする株式会社フジ医療器(以下会社という。)を設立したが、右会社は被告人が個人で経営していたマッサージ機の製造販売業の内販売部門のみを法人化したものであつた。会社の設立時の資本金は一〇〇万円で、その目的は「一、医療器の販売 二、浴場用衛生材料等の販売 三、前号に附帯する一切の業務」であり、被告人が代表取締役となり、信一郎が取締役(専務)、同人の妻治子、被告人の長女吉岡美恵、同二女山崎田鶴が取締役、被告人の妻幸子が監査役という構成の同族会社であつた。被告人がこのように販売部門を独立させて会社を作つたのは、昭和四〇年ころから同業者が増えてマッサージ機の販売台数が落込んできたことから、事業を法人化して百貨店等の対外的な信用を得て業績をあげようと考えたからであつた。その際、製造部門について法人化せずに個人事業のまま残したのは、製造部門をも法人化すれば販売部門のみの場合と異なり法人の資本金が大きなものとなり、被告人がこれまで右事業によつて蓄積してきた裏の資産を公表化しなければならなくなることと、法人化すれば諸帳簿を備付けて記帳しなければならず、そうなると被告人の所得が正確に税務署に把握され課税されることになるが、製造部門を個人事業のままにしておけば従来どおり帳簿類を備えつけないで、製造販売を通じた利益を両部門間で適当に調整し、これを被告人個人に留保することができるという主として税金対策上の見地からであつた。
4 事業の実態と事業内での被告人の地位
右のとおりマッサージ機の販売部門のみを法人化した後も、同部門を含めた事業の実態は、個人事業当時とさして変らず、両部門とも被告人が実権を持ち両者は一体として被告人の営む一個の事業という性格が濃厚であつた。信一郎は被告人の事業を手伝うようになつて以降同人の下で経験を積み、マッサージ機の販売面については同人がかなり主体的に切り廻していたが、製品の販売政策や販売価格の決定等重要事項は会社の代表取締役である被告人が決定し、あるいはその了解のもとにこれが実施されており、ことに製造部門に関しては右法人化の前後を通じて、信一郎は時々仕事を手伝う程度でマッサージ機の製造に必要な原材料や部品の仕入れ、工場や従業員の管理、製品の研究改良等重要な点はすべて被告人自身により又はその指図の下に行われていた。
5 税金の申告状況等
被告人は、個人でマッサージ機の製造販売業を始めて以来、その事業所得についての税金の確定申告は、右に述べたとおり被告人がその実権を握つているにもかかわらず、被告人の名前でしたことはなく(但し不動産所得等については被告人自身の名義でしていた。)、長男の信一郎名義でしていたが、会社設立後、会社はその目的である販売部門の所得について法人税の申告をするのみで、製造部門の所得については引続き信一郎名義で所得税の確定申告をしていた。なお、右法人税及び所得税の確定申告書や会社の決算書類の作成については、被告人が長女の吉岡美恵とその夫の耕三(耕三は当時税務関係職員)に任せ同人らが申告書等を作成して所轄税務署長に提出していたが、信一郎名義の右所得税の申告所得額は、被告人が前年度の申告額に少し加算する程度の金額を決め、これを同人らに指示し、同人らが右指示された所得額に合うように確定申告書等を適宜作成していたものである。又、実質は被告人が考案改良等した製品について、税金申告の場合と同様に信一郎名義で、昭和三七年に意匠登録、昭和三八年に実用新案及び特許の登録、昭和三九年に医療用具製造許可、昭和四二年に電気用品製造登録がそれぞれなされていた。
6 仕入先等の対外関係
マッサージ機の製造に必要な原材料や部品の仕入先の業者らは、おおむね右製造業が被告人の個人事業であるとの認識を有していた。又右業者らが作成する納品書、請求書、領収書等の宛名の大部分は被告人が個人の事業として用いる「フジ製作所」名が使用されており、又「フジ医療器」「フジ医療器製作所」「藤本」などの名称が使用されることもあるが、会社名が記載されることは殆んどなく、被告人も会社の経理事務担当者に対し会社と個人とを区別してやるように指示し、時々仕入先の業者が間違つて納品書等に会社名を記載してきた時には、被告人の指示で右「フジ製作所」宛に書き直させることもあつた。なお、被告人の前記杉本町の工場には、その入口に「フジ医療器製作所」なる表札が掲げられ、同工場の壁面にも同名称が大書して表示されていた。
7 会社と個人間の経理及び利益操作
個人の製造部門から会社の販売部門に対するマッサージ機の販売について、納品書、請求書、領収書等は作成交付されることはなく、又会社では個人からの仕入について仕入帳が作成されることはなかつた。その理由は、被告人が製造部門の経営者であるとともに販売部門の会社の代表者でもあり、実質的には両部門とも被告人が統括し、販売部門の法人化後も両部門は一体として一個の被告人の個人事業という性格が強く、又個人で製造したマッサージ機は全部会社に対して販売がなされるという関係にあつたので、右証ひよう書類等の作成は必ずしも必要ではなかつたこと、さらに前記のとおり製造販売を通じた利益を被告人個人に留保して税金の浦税を図るためには、製造販売の両部門での証ひよう書類等を作成することはかえつて税務署に正確な所得を把握されることになつて不都合であると被告人が考えたことによるものであつた。そして、会社の個人からの仕入値(個人から会社への売り値)は、年度初めに被告人より吉岡美恵に告げられ、これが一つの目安となつていたが、最終的には会社の決算時に、会社の利益をなるべく少なくして被告人個人に利益を集めるために、まず被告人が会社の申告所得を前年度を多少上廻る程度の金額で決め、ついで被告人から決算書類や確定申告書等の作成を任されている吉岡美恵・耕三夫婦が帳簿上も右所得額と合致するように会社の売上元帳に記載する個人からの仕入値を適宜操作して決め直していた。つまり、被告人が会社の申告所得額を決めたうえ、被告人の意を受けた右吉岡夫婦が会社の個人からの仕入値(個人から会社への売り値)を帳簿上適宜操作することによつて、会社と個人間の利益調整を図り個人にその利益を集めていたものである。
8 売上金の管理及び資産の留保
会社が他ヘマッサージ機を販売した代金である現金や手形、小切手は、すべて被告人の自宅に届けられたうえ、会社分、個人分の区別を何らしないで一体として被告人又は被告人に代つて妻幸子がこれを管理し、現金の一部を自宅で保管するほかは、適宜会社名義の当座預金や信一郎名義の普通預金として預けられ、これらの現金預金から、製造販売両部門の役員、従業員らの給料、会社の諸経費、個人の製造部門の原材料や部品の仕入代金などの支払いがなされ、残りの現金や預金は、引きつづいて、現金の一部を被告人の自宅で保管する以外は、被告人の指示あるいは了解のもとに、主として幸子が(時には信一郎)が仮名の定期預金等をし、あるいは被告人が多くは自己名義で一部は他人名義で不動産や有価証券を購入し、その大部分を自己の資産として留保していた。
以上の事実が認められ<る。>
(三) 以上の認定事実、就中、被告人が昭和三五年ころよりマッサージ機の製造販売業を長男信一郎に手伝わせて経営していたこと、そして昭和四〇年に右事業の対外的信用を高め業績をあげるために右事業のうち販売部門のみを法人化したが製造部門は主として税務対策上の見地から法人化せずに個人経営の事業のままに残したこと、右販売部門の法人化後もそれまでと同様製造販売両部門とも被告人が実権を握つておりその実態は従前の個人事業当時と殆んど変らず、特に製造部門(個人)については原材料の仕入等全般に亘つて被告人が中心となつてやつていたこと、右会社設立後も法人税の申告以外に製造部門の事業所得について信一郎の名義ではあるが従来と同様個人の納税申告がなされていたこと、マッサージ機の原材料や部品の仕入先などはおおむね製造部門が被告人の個人事業であるとの認識を有し、仕入先からの納品書等の宛名も会社名ではなく被告人が個人事業として用いていた名称が表示され被告人も仕入先が右名称を使用するよう従業員に指示していたこと、被告人は個人(製造部門)に所得を集めるために会社(販売部門)の個人からの仕入値を年度初めに指示するとともに、決算期には会社の申告所得額を自ら決定して両部門の利益調整を行つていたこと、会社の売上金はすべて被告人のもとに届けられて被告人が管理し、会社と個人双方の給料や諸経費を支払つた残額は被告人が現金や仮名定期預金等として保有し、あるいは不動産や有価証券を購入してその大部分を被告人の個人資産として留保していたことなどの点を総合すると、本件マッサージ機の製造事業は、信一郎が実権を握る会社の業務の中に包含されるものではなく、被告人が個人として営む事業であることが明らかである。
(四) もつとも、前掲証拠及び武田節子、中村幸子、松本光司作成の各供述書によると、会社(販売部門)の本店は形式上前記のとおり阪南町に置かれているが、実質的には個人(製造部門)と同じく前記杉本町が主たる事業所であり、両部門の従業員の職務内容も必ずしも製造・販売に厳密に区別されたものではなく、従業員に対する給料の支払いや処遇も書類上はともかくとして両部門を一体として行われている面もあることが認められること、さらに前記のとおり会社の売上金は被告人が会社と個人の区別をすることなくすべてこれを管理し、そこから両部門の給料や諸経費の支払いがなされ、その残余金も同様に区別しないで仮名定期預金等として保有され会社と個人間の経理等につきいわゆるドンブリ勘定がみられることなどの点からすると、会社とは別個にマッサージ機の製造業を行う企業体は存在しないのではないかと一応考えられる面もあるが、このように会社と個人が一体化した面があるのは、もともとは両者が被告人の一個の個人事業であつたものであり、販売部門のみを法人化した後も依然として被告人が両部門の実権を握りその実態は被告人の個人事業当時とさして変らず、両部門は一体として被告人の営む一個の事業という性格が濃厚であつたことによるものであつて、右事実のみをもつて個人の製造部門が会社の業務に包含されるものと解さねばならないものではない。むしろ、右に述べたとおり本来は製造販売の全部について被告人が個人で営む一個の事業体とみるのが、もつともその実態に即しているとも考えられるのであるが、他方会社は設立登記がされており、又その目的に従つた営業組織や従業員を擁して事業活動を行つている以上、法律上右会社が存在しないものとすることは相当ではなく、結局前示の各認定事実を総合すると、右会社の事業目的であるマッサージ機の販売部門を除いた製造部門のみについて、前記のとおり、被告人の個人事業であると認定するほかはないものと考える。
(五) 当裁判所の判断は上述したところにより既に明確であるが、被告人及び弁護人は、前記個人事業当時は勿論販売部門の法人化後も製造及び販売全般についての経営者は被告人ではなく長男の信一郎である旨主張するので、この点について一言するに、確かに製造部門の事業所得についての確定申告や意匠登録、実用新案及び特許の登録、医療用具製造許可、電気用品製造登録はいずれも信一郎名義でなされているが、前記認定の同人が被告人の経営するマッサージ機の製造販売業に関与するに至つた事情や当時の両者の年令、又その後本件各年度を含め信一郎はその販売面において被告人を助けて販路の拡張等につき貢献があり、且つかなり主体的に活動していることが認められるが、販売面についても重要な事項の決定は依然被告人によつてなされており、ことに製造面については被告人が殆んど中心となつてやつていて信一郎は時々その仕事の手伝をする程度であつたこと(前掲証人藤本信一郎の各供述部分及び供述によれば、同人はマッサージ機の製造原価を知らず、且つ知ろうともしていないこと、又会社の定款や登記簿上会社が販売のみを事業目的とするものであることや本件各年度分の製造部門の事業所得につき同人名義でどの位の金額で確定申告がなされているかを、本件査察時まで全く知らなかつたことがそれぞれ認められるが、このようなことは通常事業を経営する立場にある者として考えられないことである。)、さらに前記会社の売上金の管理や事業によつて得た利益の保有状況等に徴すれば、信一郎はいずれは被告人の長男としてその事業や資産を引継ぐべき立場にあるところから、前記確定申告等は被告人の意思により信一郎名義でなされているが、本件各年度当時においては、同人は未だ被告人を補佐する地位にあるにとどまり、製造(個人)販売(会社)全般の経営者は被告人であつて、右製造部門から生ずる収益はすべて被告人に帰属していたものというべきである。
(六) 以上のとおり、所得の帰属についての被告人及び弁護人の主張は採用できない。
なお、これに関連して被告人の営む本件マッサージ機製造業の所得の確定方法について考えるに、前述したとおり、右マッサージ機の製造販売全般の経営者は被告人であつて両部門は一体として被告人の営む一個の事業という性格が強いうえ、被告人が両部門間のマッサージ機の販売価格を自由に操作することにより会社(販売部門)と個人(製造部門)間の利益調整を行つて個人に利益を集中させており、さらに被告人のもとに届けられた会社の売上金は会社個人の区別をすることなく被告人が管理し、そこから会社及び個人の従業員の給料や諸経費が支払われ、その残余金も右同様両者の区別をしないで被告人が仮名定期預金等として保有するなど会社と個人間の経理等につきいわゆるドンブリ勘定がみられるのであつて、このように会社と個人の営業、資産、経理等を截然と区別することができない場合は、会社が決算書類等公表上確定した所得並びにそれ以外に証拠上明らかに会社に属するものと認められる所得を除いたその余の所得は、すべて個人に帰属する所得と認めるのが相当であり(広島高裁昭和五二年二月二二日税務訴訟資料一〇七号九五頁判決参照)、かかる観点に立つて被告人の本件所得を確定することは、基本的に正当な方法としてこれを是認すべきものと考える。
(森下康弘)